化合物半導体(GaAs・InP)のプラズマエッチングでは、プロセスの成否を分ける要因の多くが「塩素系ガスの選択と制御」に集約されます。シリコンでは表面化しない副生成物の揮発性の違いが、選択比と表面品質を直接左右するためです。本記事では、Cl2・BCl3・Ar・N2それぞれが担う役割から、温度・プラズマダメージ・アスペクト比という三つの実務課題までを、公開データにもとづいて整理します。
本記事が主に想定する読者は二層です。ひとつは「プラズマエッチングとは何か」を原理から確認したい段階の方、もうひとつはすでに条件出しに着手し、表面荒れや歩留まりの壁に直面している方です。前者は前半から、後者は「塩素系ガスの役割分担」以降から読み進められる構成としています。
化合物半導体の需要拡大と、エッチング技術に求められる水準
5G/6G通信インフラ、AIを支えるハイパースケールデータセンター、EVおよび先進運転支援システムの普及により、シリコンベースの半導体が持つ物理的限界を超える性能が求められています。この転換期において、ガリウムヒ素(GaAs)やインジウムリン(InP)といった化合物半導体の重要性が高まっています。とりわけ長距離・大容量の光伝送ではInPベースの光集積回路やコヒーレント光トランシーバが、高周波モジュールやVCSEL、LiDARではGaAsの高い電子移動度と周波数特性が中核的な役割を果たしています。
市場面でも拡大が続いています。化合物半導体全体の市場規模は2026年時点で約415億米ドルと評価され、2033年には約684億米ドル、年平均成長率(CAGR)7.4%での拡大が予測されています(出典:Persistence Market Research)。別の調査では2025年時点を約594億米ドルとし、2035年には約1,690億米ドル、CAGR 11.02%(2026〜2035年)への拡大が示されています(出典:Precedence Research)。調査機関によって対象範囲の定義が異なるため絶対値には幅がありますが、いずれも継続的な高成長を見込む点は共通しています。製造装置側でも、世界の半導体製造装置販売額は2026年に1,659億米ドル(前年比23.2%増)に達する見通しとされています(出典:SEMI)。
こうしたデバイスでナノメートルスケールのパターンを形成するドライエッチングは、歩留まりと性能を決定づける工程です。そして化合物半導体では、従来のメタン/水素(CH4/H2)系プロセスから、より高速で異方性に優れる塩素(Cl2)系プロセスへの移行が進んでいます。
プラズマエッチングとは:原理と、化合物半導体で問われる制御軸
プラズマエッチングの仕組み
プラズマエッチングは、放電によって生成した反応性の高いラジカルとイオンを基板表面に作用させ、材料を揮発性の化合物に変えて除去する加工手法です。化学反応による等方的な除去と、イオンの入射による物理的・異方的な除去が重畳して進行します。このバランスをどこに置くかが、加工形状・レート・ダメージのすべてを規定します。
ICP-RIEが主流である理由
化合物半導体のドライエッチングで現在最も広く採用されているのは、誘導結合型プラズマ(ICP)を用いた反応性イオンエッチング(RIE)です。ICP-RIEは、プラズマ密度とイオンエネルギー(バイアス)を独立して制御できる点に特徴があります(出典:The Method of Low-Temperature ICP Etching of InP/InGaAsP Heterostructures in Cl2-Based Plasma)。
一般に「高密度プラズマであれば高レートが得られる」と説明されがちですが、実務上はそう単純ではありません。化合物半導体では、後述するようにイオンエネルギーの上昇が直接デバイス特性の劣化に結びつくため、プラズマ密度を確保しつつバイアスを低く保てるかどうかが、装置選定の実質的な判断軸になります。
化合物半導体のエッチングがシリコンと異なる理由
化合物半導体のプラズマエッチングを難しくしている中核的な事実は、化学反応で生成する副生成物(塩化物)の揮発性の差にあります。
塩素系ガスを用いた場合、インジウム(In)の塩化物であるInCl3は極めて難揮発性であり、通常のプロセス温度域では気化しにくい性質を持ちます。一方、ガリウム(Ga)の塩化物であるGaCl3の沸点は約210°C、三塩化ヒ素(AsCl3)の沸点は130°Cと相対的に低くなります(出典:Journal of Vacuum Science & Technology B)。
この差が意味するところは明確です。GaAsは低温でもエッチングが進行しやすく高いレートを得やすいのに対し、InPを室温環境下で純粋なCl2プラズマによりエッチングしようとすると、生成したInCl3が揮発せずに基板表面へ残留します。残留した低揮発性の副生成物は微小なマスクとして働き、いわゆる「マイクロマスキング効果」を引き起こします。結果として表面に著しい荒れ(ラフネス)が生じ、光導波路などで必須となる平滑面が得られません。
同じ「化合物半導体のエッチング」という括りであっても、GaAsとInPでは律速している要因が異なります。GaAs向けに最適化した条件をInPへそのまま横展開しても期待した結果が得られないことが多いのは、この熱力学的な前提の違いによるものです。
塩素系ガスの役割分担:Cl2・BCl3・Ar・N2
こうした制約を克服し、選択比と表面品質を両立させるため、現代のプロセスでは単一のCl2ガスではなく、複数の塩素系ガスや不活性ガスを緻密な比率で混合する手法が確立されています。各ガスの役割は明確に分担されています。
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Cl2:主たるエッチング種として、化学反応を通じて高いエッチングレートを実現する基盤となります。
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BCl3:基板表面の自然酸化膜を効果的に除去し、チャンバー内の水分を掃去(スカベンジ)します。あわせて残留物の形成を抑制し、側壁のパッシベーションを向上させます。低圧かつ低RFバイアス条件下で、表面ダメージを最小限に抑えつつ垂直プロファイルを形成するうえで、Cl2/BCl3の混合比の最適化は不可欠とされています(出典:The Open Plasma Physics Journal)。
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Ar:物理的なスパッタリング効果をもたらし、揮発性の低いInCl3などの副生成物を物理的に叩き出して表面を清浄に保ちます。
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N2:InやPの窒化反応(InNなどの形成)を促すことで側壁を保護し、アンダーカットを防いで高い異方性を確保するパッシベーション効果をもたらします。
実績としても、Cl2/BCl3/Arの混合ガスを用いたICPエッチングでは、ガス流量に比例して200 nm/minから3000 nm/minを超える幅広いエッチングレートが制御可能であり、フォトレジストマスクに対する選択比もCl2流量の増加に伴って向上することが実験的に示されています(出典:High-density inductively coupled plasma etching of GaAs/AlGaAs in BCl3/Cl2/Ar)。
ここで留意したいのは、各ガスの機能が独立ではなく干渉し合う点です。Arを増やせば残留物は除去しやすくなりますが、物理的な衝撃も同時に増えます。N2による側壁保護を強めれば異方性は向上しますが、条件によってはレートが犠牲になります。「塩素系ガスの選択」とは単一ガスの選定ではなく、相反する作用のバランス点を探す作業だと捉えるほうが実態に近いといえます。
プラズマエッチングと温度:InCl3の揮発と基板加熱のジレンマ
InPをCl2ベースで高速かつ異方性良くエッチングするための従来的なアプローチは、InCl3の揮発を促すために基板温度を150°Cから200°C以上へ加熱するというものでした。
しかしこの手法は、別の制約を生みます。高温環境下では、半導体プロセスで広く用いられる安価な有機フォトレジストが熱劣化や変形を起こし、マスクとして機能しなくなります。その結果、SiO2やSiNなどの無機ハードマスクを事前に成膜し、それをパターニングするという追加工程が必要になります。これは製造コストの増大とスループットの低下を直接的に招くため、室温付近でも高品質なエッチングを実現できるプロセス条件の開発が強く求められてきました。
この方向性では成果も報告されています。Cl2/CH4/H2というハイブリッドなガス混合を用いることで、SiO2ハードマスクに対して最大35:1という高い選択比を達成し、200°C以上の高温条件に匹敵する垂直性と表面品質を室温付近で実現した事例があります(出典:Study and optimization of room temperature inductively coupled plasma etching of InP using Cl2/CH4/H2 and CH4/H2)。
温度はレートを稼ぐための最も直接的な変数ですが、同時にマスク材料の選択肢とコスト構造を規定する変数でもあります。ガス化学の組み合わせによって温度依存を下げられるのであれば、プロセス全体としての得失は大きく変わります。
化合物半導体のドライエッチングにおける三つの課題
課題1:プラズマ誘起ダメージ(PID)
GaAsやInPはシリコンと比較して物理的な衝撃に対して脆弱です。異方性を高めるため、あるいは低揮発性のInCl3をスパッタリングで除去するために高いイオンエネルギー(RFバイアス)を印加すると、結晶構造に不可逆的なダメージが生じます。
電気的には、高エネルギーイオンの衝突によって深いアクセプタ準位や欠陥が形成され、ドーパントが不活性化することで表面付近のキャリア濃度が低下します。特にヘリウム(He)などの質量の軽いイオンは、質量の重いイオンよりも結晶内部へ深く侵入し、広範囲にダメージを拡散させることが確認されています(出典:Semiconductor Damage from Inert and Molecular Gas Plasmas)。
光学的には、エッチングダメージが非発光再結合中心を形成し、フォトルミネッセンス(PL)強度の劇的な低下を引き起こします。詳細な分析では、ドライエッチングが単一粒子緩和時間を20〜50%減少させ、表面常磁性欠陥濃度を一桁増加させることが報告されています(出典:Effects of Dry Etching and Hydrogen Passivation on Transport Properties and Photoluminescence of GaAs/AlGaAs Heterostructures)。
ダメージを防ぐには極低バイアス(数Vレベル)での精密なイオンエネルギー制御が求められますが、それは同時にエッチングレートの低下を招くというトレードオフを生みます。
課題2:アスペクト比依存エッチング(ARDE/RIEラグ)
フォトニック結晶や微細な光導波路のように、深くて狭いトレンチをエッチングする際、パターンの開口幅が狭くなるにつれてエッチングレートが著しく低下します。主な原因は、クヌーセン輸送の制約によりトレンチ深部への中性ラジカルやイオンの供給が不足すること、そしてエッチング副生成物の排出が困難になることにあります。アスペクト比が10〜30を超える領域でこの影響は顕著になり、同一ウェーハ上の異なる幅のパターン間で深さのばらつき(マイクロローディング効果)が生じます。克服にはイオンフラックスとラジカルフラックスの精密なバランス制御が不可欠とされています(出典:HBr-based inductively coupled plasma etching of high aspect ratio nanoscale trenches in GaInAsP/InP)。
課題3:材料制約という見落とされやすい前提
InPやGaAsには、インジウム(In)やヒ素(As)といった毒性物質が含まれます。プラズマ源の性能比較に議論が集中しがちですが、対象材料をそもそも制約なく処理できるか、腐食性・毒性ガスに対する排気系とチャンバー設計が量産条件下で安定するかは、その前段にある前提条件です。
エッチングレートや選択比といった数値は条件出しの段階で評価しやすい一方、材料適性や排気系の安定性はR&Dから量産ラインへ移行する段階で初めて顕在化することが多く、装置選定時に見落とされやすい領域といえます。
低ダメージエッチングを成立させる制御要件
ここまでを整理すると、化合物半導体のプラズマエッチングでは次の構図が浮かび上がります。塩素系ガスの混合によって高い選択比と異方性を得ようとするほど、物理的なボンバードメントが増え、PIDのリスクが高まる。この二律背反をどう解くかが実質的な論点です。
したがって、ガス化学の最適化は、それを支えるハードウェアの制御精度とセットでなければ成立しません。具体的には、低RFパワー領域で安定した電力供給ができるか、プラズマ密度とバイアスを独立に、かつ再現性をもって制御できるかが要件になります。
SPPテクノロジーズが展開する化合物半導体向けのエッチング装置では、低RFパワーでも精度良く出力できる専用のRF電源を搭載しており、フッ素(F)系ガスだけでなく塩素(Cl)系ガスでの高精度なエッチングに対応しています。また、レジストマスクのみならずSiO2マスクやメタルマスクでの使用実績を公開しています。高アスペクト比や難エッチング材料に対しては、特徴的なプラズマ源によりウェーハ上に高イオン密度のプラズマを生成し、高エッチングレートと高アスペクト比加工を実現する構成も用意しています。
なお当社の化合物半導体向けエッチング装置は、電子デバイス産業新聞(株式会社産業タイムズ社)が主催する「第22回 半導体・オブ・ザ・イヤー2016」の半導体製造装置部門において優秀賞を受賞しています(出典:株式会社産業タイムズ社「第22回 半導体・オブ・ザ・イヤー2016」選定結果)。
シリコン深掘りエッチング(Boschプロセス)で培った高密度プラズマの均一生成とガスフラックスの精密制御のノウハウは、化合物半導体プロセスにも応用されています。腐食性・毒性ガスを扱うチャンバー設計と排気制御の知見も、この系譜に含まれます。
まとめ
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化合物半導体(GaAs・InP)のプラズマエッチングでは、副生成物である塩化物の揮発性の差が加工結果を規定する。難揮発性のInCl3は、GaCl3(沸点約210°C)やAsCl3(同130°C)とは前提が根本的に異なる。
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塩素系ガスの選択とは単一ガスの選定ではなく、Cl2(レート)・BCl3(酸化膜除去とパッシベーション)・Ar(物理的除去)・N2(側壁保護)の相反する作用のバランス設計である。
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温度による解決は有効だが、有機フォトレジストが使えなくなり無機ハードマスク工程が必要になるというコスト・スループット上の代償を伴う。
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PID、ARDE、材料制約という三つの課題は、いずれもガス条件だけでは閉じず、プラズマ密度とイオンエネルギーを独立制御できるハードウェア側の精度に依存する。
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実務上の要点は、低バイアス領域で安定にプロセスを組めるかどうかに集約される。